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小さくしにくい広角のF値:レンズのF値(2)

今回は、広角レンズのF値、なかなか小さくしにくい理由です。

 

広角レンズには、F値1.4のレンズもあったりして、そこそこ小さいのですが、「小さくしにくい」というのは、「短い焦点距離のわりに」という意味があります。

 

F値は焦点距離を有効口径で割った値なので、焦点距離が短いレンズの場合、有効口径も小さくてよく、開放F値の小さな明るいレンズは簡単にできそうなのです。

例えば、焦点距離が20mmなら、有効口径を20mmにすれば、F1.0 になります。もっと大口径とすれば、より明るくなりそうです。

 

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イキウサさんによるイラストACからのイラスト

 

 

しかし、市販でそんな広角レンズはありません。それはなぜでしょうか。

 

広角レンズのF値を小さくしにくい理由、以下からひとつ選んでみてください。答えは、まとめで。

 

 1)焦点距離が短く、ミラーの稼働用スペースを確保しにくいため

 2)収差などの影響で、前玉のレンズを大きくしにくいため

 3)中心光に比べて、レンズの周辺光量が低下するため

 4)広い範囲からの光を絞るため、絞り口径を大きくしにくいため

 

 

 
有効口径は絞り口径に比例する:測定方法を見るとわかりやすい
市販レンズの焦点距離と有効口径:有効口径は焦点距離にほぼ比例
広角レンズの制約:絞りの口径は小さい:最大画角からの光を絞るため

 

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なぜ焦点距離に比例する?:レンズのF値(1)

 

そもそも広角レンズでは、F値をそんなに小さくする必要がない!?

望遠レンズでは焦点距離が長くなると、画角が小さくなって光量不足になるので、小さなF値は必要です。ボケも美しくなりますし。

一方、広角レンズはどちらかというと、パンフォーカス的に絞りを絞って使われます。また、広い画角なので光量不足にはなりにくく、焦点距離が短いのでボケもそれほど目立ちません。

そのため、必要以上にF値を小さくする必要はないのかもしれませんね。

 

それでも、F値の小さな広角レンズもあります。口径を大きくして、もっと小さくできないのか、調べてみました。

 

F値の計算方法:有効口径に反比例

原点に戻って、F値の計算方法についてです。

 

 F値とは

前回も紹介しましたが、F値はJIS(JIS B 7095-1997)で定義されています。焦点距離が決まっていることから、F値を小さくしにくいわけは、有効口径を大きくしにくいためなのです。

 

  \displaystyle F値 = \frac{ 焦点距離 }{ 有効口径 }

 

  

焦点距離と有効口径とは

焦点距離(JIS B 7094-1997)と、有効口径(JIS B 7095-1997)についても確認しておきましょう。JISで定義されています。下線は私が引きました。

 

焦点距離:レンズの光軸と小さい角θをなす方向にある無限遠物点のレンズによってつくられた像点が,光軸から y′ (mm) の距離にあるとき、レンズの焦点距離は、式(1)で表す。

 

     \displaystyle f= -\lim_{θ \to 0} \frac{y'}{tanθ}

 

なんだか難しい表現ですね。今回は深入りしません(笑)。簡単に言えば、レンズの主点から、無限遠の点光源からの光が結像する位置までの距離のことです。

 

有効口径:レンズの光軸上の無限遠物点から出て、与えられた絞り目盛に相当する開口をもつレンズを通過すべき平行光線束の、光軸に垂直な断面積と等しい面積をもつ円の直径。

 

無限遠からの光線束のうち、絞り開口部を通過する平行光線束の直径のことです。絞り開口部を通過できない光は、"無効"になります(笑)。Wikipedia (2019年9月現在)では、下線部の規定が脱落しています。

有効口径、具体的なサイズをイメージしにくいので、下記の測定法を御覧ください。

 

有効口径は絞り口径に比例する

測定方法も、JISで規定されています。 

なお、絞り開口部の直径を絞り口径とします。絞り形状が円ではなく多角形となる場合、同じ面積となる円の直径とします。

焦点距離と有効口径の測定方法

F値は、実際に測定した焦点距離と有効口径から求めます。

 

焦点距離の測定方法はいくつかありますが、略します。

有効口径の測定方法は、3種類あります。下図は、そのひとつ、焦点面上のピンホールによる方法です。

 

レンズは、 SIGMA 20mm f1.8 EX DG ASPHERICAL RF を使い、絞り開放での測定をイメージしています。レンズ構成は、シグマ より。

光路は私の推定です(笑)。似たような図は、レンズ屋でも紹介されています。

 

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光の入ってくる方向とは逆に、レンズの焦点位置から点光源を照射し、前面のスクリーンに映った平行光線束の断面積を測定します。レンズのピントは無限遠とします。

 

有効口径(D)は、円の面積の式から、次のようになります。断面積が円ではなく多角形となる場合、その断面積と同じ面積となる円の直径になります。

 

  D=2√(S/π) =1.13√S

 

 有効口径は、レンズの最小内径や絞り口径ではない

上の図の光路からもわかるように、有効口径は、絞り口径に比例します。絞ると、絞りの直径に比例して、有効口径は小さくなります。

ただし、比例はしますが、絞り口径と同じではありません。また、有効口径は、レンズの直径や最小内径でもないことがわかります。

 

実際、下にあるレンズの例を御覧ください。開放での有効口径は、広角レンズでは、レンズの最小内径や絞り口径より小さく、逆に望遠では大きくなっています。

 

 

 

市販レンズの焦点距離と有効口径

下の図に示すように、市販されているレンズの焦点距離(横軸)と有効口径(縦軸)の関係を調べてみました。

 

青丸が私の持っているレンズ(F1.8以下の一部)で、赤丸が市販レンズです(知る範囲で)。例えば、SPEEDMASTER 50mm F0.95 (F0.95)では、有効口径は、52.6mmになります。

 

有効口径50mm程度のレンズはできそうなので、緑色の矢印で示すような関係をイメージします。

しかし、実際は、黄色の矢印で示すように、焦点距離と有効口径はほぼ比例しています。つまり、広角側では有効口径は焦点距離に比例して、小さくなっています。

 

 

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F値が1以下の明るいレンズがあるのは、矢印が膨らんでいる50mmあたりです。

 

望遠レンズでは、大口径とすることで有効口径を大きくしています。一方、広角レンズでは、大きくなるのは前玉だけで、有効口径はそう大きくはできないのです。

 

広角レンズの有効口径はかなり小さい

広角レンズの有効口径を計算してみました。

下は、測定法でも示した  SIGMA 20mm f1.8 EX DG ASPHERICAL RF のレンズ構成です。

 

 焦点距離:20mm
 F値:1.8
 画角:94.5°
 最大径✗全長:88.6mm ✗ 89.5mm
 フィルターサイズ:82 mm

 

焦点距離とF値から、有効口径は、20/1.8 = 11.1 mmとなります。レンズの長さが 89.5 ㎜であることから、図にすると、有効口径は緑の幅になります。光路図は私の推測です。

 

実際のレンズ群の直径に比べて、有効口径はずいぶん小さくなります。

 

一番口径の小さい部分が有効口径に影響しているようです。中玉を大きくすれば、有効口径は大きくできそうですが、そうはいきません。下で説明しますが、影響しているのは、絞り口径ですからね。

 

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光線束は、絞り口径に比例して、絞られます。

 

 

最大画角からの光

広角レンズは、画角が広く、幅広い範囲の光を集める必要があります。

下は、最大画角(94.5°)から、レンズ端に下から無限遠からの光が入った場合で、右上で結像します。

光路は推定です。光線束は、絞り口径に比例して、絞られます。一番外側からの光は、絞りの位置で光軸を横切る必要があります。

 

コサイン4乗則などにより、周辺光量は減少します。このレンズの最大画角(94.5°)から計算すると、コサイン4乗則から、COS(94.5/2)^4=0.21と、中心光の約21%の光量になります。 

 

コサイン4乗則 

レンズ中心を通る光に比べて、光が光軸から斜めになるにしたがいイメージセンサーの光量が減少するという法則です。光軸からの角度のコサイン4乗に比例することから、こう呼ばれます。

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実際のレンズ 

実際のレンズを前から(左)と後ろから(右)見たところ。F値は開放(1.8)にしています。

前から見ると、前玉に比べて、奥に見える口径はずいぶん小さいですね。測りにくいのですが、1cmほど。これが、有効口径の直径を見ていることになるのでしょう。後ろからだと、24mmほどに見えます。

 

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標準レンズの有効口径

比較のため、標準レンズ、SPEEDMASTER 50mm F0.95  のレンズ構成です(焦点工房から)。

 

 焦点距離:50mm
 F値:0.95
 最大径✗全長:88.6mm ✗ 89.5mm
 フィルターサイズ:82 mm

 

有効口径は、50/0.95 = 52.8mmで、レンズの長さが88㎜であることから、図にすると、有効口径は青緑の幅になります。

このレンズでは、ほぼレンズの前玉の直径と同じです。内部にある一番小さな直径のレンズや後玉より大きいですね。

測りにくいのでが、前から見たレンズの内径は50mmほど、後からは35mmほどです。

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望遠レンズの有効口径

続いて、望遠レンズ、Sigma 135mmF1.8DG HSM Art のレンズ構成です。シグマから。

 

 焦点距離:135mm
 画角:18.2°
 F値:1.8
 最大径✗全長:91.4mm ✗ 114.9mm
 フィルターサイズ:82 mm

 

有効口径は、135/1.8 = 75mm。レンズの長さが114.9㎜であることから、図にすると、有効口径は青緑の幅になります。

このレンズでは、ほぼレンズの前玉の直径と同じで、絞りの直径や後ろ玉より大きいですね。

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広角レンズの制約:絞り口径は小さい

上で示したように、標準や望遠レンズに比較して、広角レンズの有効口径は前玉に比べて小さめです。実は、いろいろと制約があって、F値の小さいレンズは難しいのです。

 

まず、通常、レンズの後方には、ミラーの稼働用スペースとして、一定の距離が必要です。しかし、広角レンズでは、焦点距離が短いので、レンズの設計に制約がでてきます。

そこで、レトロフォーカスにして距離を稼いだりします。このあたり、主点の位置は変えられる:レンズの基礎(2)で紹介しています。

 

また、広い画角の光を取り込む必要があるため、前玉を大きくする必要があります。しかし、レンズの収差(ゆがみやにじみなど)は周辺部で大きくなるので、そう簡単ではないのです。

 

有効口径が小さいのは、絞り口径が小さいため

上の2つの理由は、もっともらしいのですが、定量的な説明にはなってはいません。

定量的な理由として、広範囲の光を絞りで制御するため、絞り口径を大きくしにくいことにあります。

 

絞り口径は小さくなる

下は、SIGMA 20mm f1.8 EX DG ASPHERICAL RFの光路図で、上でも紹介しました。

青色の光線束は、最大画角の下方から入る光です。この光線束を絞るには、片側で青い矢印の範囲にある絞り(開口部)の開け締めで調整することになります。

青色の光線束を絞ることのできる絞りの位置は、一番外側の光が光軸を横切るこの位置しかありません。

 

これは、現在の絞りの半径で、前玉や内径に比べて、ずいぶん小さな値です。

 

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最大画角からり光を絞るには、片側で青い矢印部分の絞り(開口部)にする必要があることを考えると、黄色の光線束のように、中玉を大きくして有効口径を大きくすることは不可能です。

 

 全ての光はこの絞りで絞られる

一方、緑色の中心部分の光線束を制御する絞りも、当然、同じこの絞り開口部を通過する必要があります。

つまり、中心部を通る光線束の直径は、最大画角から入る光を絞るための絞り口径に左右され、大きくしにくくなります。

 

ちなみに、黄色の光線束のように、有効口径が2倍になるような光路図を推定してみました。中玉の一部を大きくすれば、F0.9も可能のように思えます。

 

しかし、そうなると、この光線束を絞るためには、赤い矢印のように開放絞りを大きくせざるを得ません。これでは、青色の最大画角から入る光を制御できないことになります。

 

結局、最大画角から入る光を絞るため、絞り口径は大きくしにくく、よって、中心部を通る光線束(有効口径)も比例して小さくしにくいのです。

 

 

まとめ

1)広角レンズでは、広い範囲の光を絞る必要があり、絞り口径を大きくしにくい

2)つまり、絞り口径に比例する有効口径も大きくしにくい

3)その結果、有効口径に反比例するF値は、逆に小さくしにくいことになる

4)なお、有効口径は、絞り口径やレンズの最小内径のことではない

 

最初の問題の答えは、4)ですね。広角レンズ、レンズの前玉に比べて、その有効口径の小ささには驚きです。その原因、広い範囲の光を集めるため、絞り口径を大きくしにくいのが理由だったのですね。

 

なお、今回の話、光路図も含め私の推測が入っているので、誤りがあるかもしれません。ご了解を。