マクロレンズ、面白いことに、たとえ単焦点でF値固定のレンズでも、マクロ撮影時には、焦点距離やF値は変化するのです。f も F も変わるんですね。
最短撮影距離では、実効F値は公称値の2倍程になるようですから、うっかり、「F2.8のマクロの写りを見てくれ♪」なんて言えませんね(笑)。
もっとも、焦点距離やF値の変化は普通のレンズでも多少はおこっていることで、これらが変化しても、カメラが自動で明るさなどを調整してくれるので、撮影には影響がありません。
「近くに寄れる」より、「大きく写せる」
マクロ撮影としては、「近くに寄れる」ことより、いかにイメージセンサー(撮像素子)に「大きく写せる」かがポイントになります。
実際、望遠マクロなら、そんなに「近くに寄らなくても」、遠くから「大きく写せます」。
マクロレンズは、他の普通のレンズと違い、最大撮影倍率を等倍として「大きく写せる」のが特徴です。
最大撮影倍率とは
最大撮影倍率というのは、そのレンズが一番近くまで撮影できる距離(最短撮影距離)において、イメージセンサーに写った像の大きさと、被写体の大きさの比率です。
それが等倍(1.0)というのは、比率が同じということ。例えば、横幅36mmの被写体を、フルサイズのイメージセンサー(36mm×24mm)に横幅いっぱいに写せます。
ちなみに、同程度の焦点距離の「FE 100mm F2.8 STF GM OSS」の最大撮影倍率は、マクロモードでも0.25です。
一方、等倍というのは、あくまでも"最短"撮影距離での話であって、風景などを撮る時は撮影倍率はかなり小さくなります。遠くのスカイツリーが等倍で写る・・・わけではありませんね。
撮影距離と撮影倍率の関係
レンズ全体を1枚の凸レンズとすると、被写体(AB)がイメージセンサーに写る様子は、下のような模式図となります。 たぶん、中学の理科あたりで出てくる図です。すっかり記憶にありませんが(笑)。
詳しくは、レンズの公式:レンズの基礎(1)を。
a:被写体からレンズまでの距離 (140 mm)
式(2)の曲線をプロット。 撮影距離は、SONYのマクロレンズ(FE 90mm F2.8 Macro G OSS)を想定しています。接近して撮影距離(L)が短くなると撮影倍率(m)は大きくなり、最短の時に等倍(m = 1)となります。撮影倍率が0.5あたりからは、レンズが前に繰り出してきて(bが大きくなる)撮影倍率を大きくするので、全体(a+b)としての撮影距離(L)は小さくなりません。
b:レンズからイメージセンサーの距離 (140 mm)
f:レンズの焦点距離 ( 70 mm)
L:撮影距離 (L = a+b) (280 mm)
m:撮影倍率 () ( 1.0)
注:( )内の数値は、SONYの90mmマクロレンズ(FE 90mm F2.8 Macro G OSS)で、最短距離で撮影した場合を想定しています。
比例関係から、像の大きさの比率()である撮影倍率は、距離の比率()となります。
また、図において、次のレンズの公式が成り立ちます。
・・・・ 式(1)
ここで、L=a+b、 を使うと、撮影倍率mと距離Lの関係は、次の式で示されます。
・・・・ 式(2)
焦点距離70mmの場合、撮影倍率(m)と撮影距離(L:単位はmm)の関係をグラフで示すと次のようになります。
つまり、撮影距離が等倍(m = 1)の時に最小値(4f=280mm)となり、撮影距離が大きくなると、撮影倍率は急速に小さくなります。
また、撮影倍率を1以上にしても、撮影距離はほぼ一定です。最短距離を短く(aを小さく)して倍率をあげようとすると、Lはほぼ一定なので、bが大きくなり、レンズ全体の長さが長くなります。
式(2)の曲線をプロット。 撮影距離は、SONYのマクロレンズ(FE 90mm F2.8 Macro G OSS)を想定しています。接近して撮影距離(L)が短くなると撮影倍率(m)は大きくなり、最短の時に等倍(m = 1)となります。撮影倍率が0.5あたりからは、レンズが前に繰り出してきて(bが大きくなる)撮影倍率を大きくするので、全体(a+b)としての撮影距離(L)は小さくなりません。
ところで、撮影距離が等倍(m = 1)の時に、撮影距離が最小値(4f=280mm)となると紹介しました。
図では、レンズ公称値の最短撮影距離(L=280mm)から、その4分の1として、焦点距離は70mmとして計算しています。この値だと、レンズの公式にも合致します。
これは、レンズ公称値の焦点距離(90mm)とは異なります。焦点距離を90mmとすると、最短撮影距離は4倍の360mmとなり、公称値(280mm)とは矛盾してきます。レンズの公式にも当てはまりません。
この違いは何なんでしょうか。
焦点距離が変化する
実は、マクロ撮影時には、レンズの焦点距離(実効焦点距離)が変化しているのです。
レンズに表示された焦点距離(表示焦点距離)は無限遠での値です。これはマクロレンズに限った話ではありません。
全群繰り出しレンズの場合には同じ焦点距離のままですが、インナーフォーカス式の内部レンズが移動してピントを合わせるレンズでは、実際の実効焦点距離が変わるのです。
ただし、焦点距離が変わるからといって、実際のところ、撮る写真に影響はありません。
先に示した関係から、最短距離で撮影しているときの実際の焦点距離は、レンズの最短撮影距離の4分の1になることがわかります。
F値は大きくなる
レンズのF値とは、焦点距離を有効口径で割った値です。詳しくは、なぜ焦点距離に比例する?レンズのF値(1)をどうぞ。
そして、有効口径とは、無限遠からの光線束のうち、絞り開口部を通過する平行光線束の直径のことです。小難しい表現ですが、50mm以上なら、レンズの内径に近いですね。
F値は、レンズが取り込める光の量(明るさ)を表す指標です。より厳密には、ガラスの透過率を考慮したT値が使われます。
なお、焦点距離(小文字の f )と区別するため、大文字の F で示します。
F値は、無限遠という条件でのF値( F∞ )が、公表F値になります。
しかし、無限遠を前提とした場合とは異なり、マクロ撮影時には実際のF値(実効F値)は変化し、大きくなります。以下で説明しています。
もっとも、ほとんどのカメラは、レンズを通ってきた光で測光するTTL測光であり、自動的にシャッタースピードなどを変えて明るさを調整してくれるので、F値の変化は気になりません。
ちなみに、SONYなどのカメラは公称F値の表示ですが、ニコンだけは、実効F値表示だそうです。絞り優先モードでF値を固定しても、近づくとF値が大きくなるので、混乱しそうです。
実効F値が大きくなる理由
実効的なレンズの有効口径をdとすると、実効的なF値は以下の式で示されます1)。
・・・式(3)
無限遠を撮影した時のF値を F∞ とすると、式(1)より実効F値は次の式で示されます。撮影倍率(m)が大きくなると、実効F値が大きくなることがわかりますね。等倍時には2倍になるのです。
= F∞ ☓(m+1) ・・・式(4)
標準マクロと望遠マクロ
標準マクロに比べて望遠マクロは焦点距離が長い分、最短撮影距離を長く取れます。式(2)を見ればわかりますね。
最短撮影距離は、被写体からカメラ奥にあるイメージセンサーまでの距離なので、レンズなどの長さを差し引いたワーキングディスタンス(レンズ先端から被写体までの距離)は、より大きな差となります。
例えば、フルサイズ用の標準マクロ、SONY FE 50mm F2.8 Macroの場合、最短撮影距離は160mm、ワーキングディスタンスは50mm以下とされています。
FE 90mm F2.8 Macro G OSSのそれぞれ280mm、約120mmより小さく、より近づかないと、等倍撮影はできません。
ワーキングディスタンスが大きいと、動く昆虫などに近づきすぎることなく撮影できますし、前にある多くのものを前景としてぼかしこむことができます。
標準レンズとしても
マクロレンズは、マクロ(近接)撮影に特化したレンズと思っている人もいますが、普通に風景なども撮れる遠近両用レンズです。 マクロレンズは、普通のレンズよりレンズの動く範囲が大きく、ピントの合う範囲が広いのです。
マクロ(近接)撮影だけなら、顕微鏡的なレンズが最適でしょう(笑)。普通のレンズに接写リングをつけても、可能です。しかし、いずれの場合も、近い部分しか写せません。
一方、マクロレンズは遠近両用が撮影可能で、90mmマクロレンズなら、90mmの単焦点レンズとして使えます。
撮影倍率が等倍なのは、あくまでも最短距離での話で、遠くの山が大きく写せるわけではありませんでしたね。
先の図において、被写体からレンズまでの距離(a)が長くなる(レンズからイメージセンサーの距離bは一定)と、当然、撮影倍率()は大きく下がります。
具体的にどうなのか、試算してみると。撮影距離が約1m(1.09m)で撮影倍率は0.1に、約9m(9.18m)で0.01となります。
参考
1) F値と最短撮影距離、最大撮影倍率(ブログ「廊下のむし探検」付録)
2) あなたのレンズの近接撮影時の実効焦点距離(KENのつぶやき)